2026.8.31 tue

VOL.2 暮らしとものづくり

こんにちは。TALUのすぎやまさゆりです。
作家ユニットとして日々、作品と向き合っているTALUの二人ですが、手仕事や、ものづくりに対する考え方が、良い意味でそれぞれ異なるのではないか、と感じる瞬間があります。相方のしょうこちゃんは、一見ふんわりとした雰囲気をまとった自由人ですが、職業人としての美意識は徹底していて、手間を惜しまない姿勢には驚かされることもしばしば。作家活動以外でも、とにかく常に手を動かしている彼女は、生粋のつくり手なんだろう、と思います。

今回から数回は、「ものづくり」について話してみようと思います。毎日アトリエで顔を合わせていながら、あまり言語化することのなかったこのテーマ。初回は、職人・しょうこちゃんのこだわりの背景に、相方として迫ってみようと思います。




すぎやまさゆり(以下、さゆり):
しょうこちゃんは、私が出会った頃にはすでにものづくりを生業にしていたわけだけれど、普段の暮らしの中でも常に手を動かして何かを作っているよね。

いのうえしょうこ(以下、しょうこ):
私にとって、ものづくりと生活は、切っても切り離せないかも。「こんなことがやりたい」とか、「こうしたら便利だ」とか、生活していると絶対に何かしらの欲求が出てくるわけやん? それを達成するにはどうすればよいかを考える、ということやからなあ。

さゆり:
なるほどなぁ。誰かに作ってもらったものを購入するという方法もあると思うし、むしろ今の世の中はそちらの方が一般的なのかもしれない。でもしょうこちゃんは、自分で実現する方法を考えついてしまうということなんやね。

しょうこ:
そうかもね。考えるだけではなくて、試行錯誤しながら自分で手を動かすというのは好きなことだし、私にとってごく自然なことなんだと思う。

さゆり:
本当になんでも自分で作るもんね。どんなに忙しくても、アトリエでのお昼ご飯は毎日手作りするし。

しょうこ:
シンプルに、作ることが好きなんやろうね。自分を表現したい、というのともちょっと違う。感覚的には、生活者として毎日のご飯を作ることと、作家としてカバンを作ることは同じなんよ。

さゆり:
なるほどね。私の場合はまったく別物なんよね。ご飯は生活をするうえでのタスクという感じ。TALUでカバンを作るのは、表現活動に近い気がする。

しょうこ:
だからこそ、私にとってさゆりちゃんのような表現者の存在はとても大事。「こんなことを表現したら面白いと思う」っていうお題があると、それを実現するための思考のスイッチが入るんよね。「そんなもんどうやって作るねん」みたいな無理難題をくれる時が、とても楽しい。

さゆり:
そんなふうに思ってくれてたんやね。確かに、私が無茶なことを言っても、最初から「それは無理」と言うことはまずないよね。

しょうこ:
私の役割は、やりたいことを、技術で形にすることやから。どうしたら縫製可能かを考えて、実体にしていくというプロセスが好きなんよ。変わった形のものを作りたい、と言われると、頭の中で展開図がわーっと広がっていく。

さゆり:
そんなしょうこちゃんの頭の中、一度でいいから覗いてみたいなぁ。

しょうこ:
子どもの頃からそういう物の見方をしていた気がするから、私にとってはごく自然なことなんやけどね。なんというか、折り紙の折り方を考えるみたいなイメージかもな。



手仕事は、筋トレとおなじという感覚

さゆり:
私は、日常生活の中で手間暇をかけて何かを作る、ということはそこまでしないタイプやし、ご飯もパパッと作って済ませることが多いのだけれど、しょうこちゃんは「手仕事」という行為そのものが心の底から好きなんやなぁ、と思うことが多い。

しょうこ:
手仕事って、頭と手を同時に動かすじゃない? 考えるだけでも、作業をするだけでもなく、手を動かしながら考える。それが好きなんやろうね。

さゆり:
TALUの作品もまさにそうよね。最初からクリアな絵を描いているというよりも、手を動かしているうちに段々と完成形が見えてくる。

しょうこ:
そうやね。それと、これはさゆりちゃんともよく話していることだけれど、手仕事だとひとつひとつに微妙に違う表現が出て、ちょっと生き物っぽくなるじゃない。それも楽しい。TALUの作品も、手仕事であるということに特別な意味を込めているというよりは、純粋に工程が楽しくてやっている、という方が近いなあ。

さゆり:
その楽しさには、作家として成長する実感みたいなものも含まれるのかな。しょうこちゃんの仕事を見ていると、どんな作品を作る時も、その過程でいかに技術を向上させるか、ということを意識しているんやろうなと感じる。

しょうこ:
どういうことやろ?

さゆり:
たとえば一本の線を刺繍する時なんかも、しょうこちゃんは絶対にピッチの目印を打たへんやん?私はできるだけ等間隔になるようにという意識で、目印の点を打ってから縫い始めるのよ。

しょうこ:
たしかになあ。

さゆり:
もちろん、技術的に必要がないというのもあるやろうけど、しょうこちゃんは職人としての感覚が鈍らないように、訓練としてやっている部分もあるんじゃないかなって。ちょっとした頼まれものだったり、慣れた作業だったりしても、常に何か新しいことを習得してやろう!という意識を感じる。

しょうこ:
技術を習得するということに関しては、かなり貪欲な方かもしれないなあ。より良いものを作ったり、できることの範囲を広げるために、できることは全部やりたいし、知れることはできる限り知りたい。

さゆり:
アスリートっぽいところがあるのかもね。

しょうこ:
例えると、筋トレのような感覚なのかもしれないな。「筋肉は裏切らない」っていうやん?(笑) 特に、暮らしの中にあるものづくりというのは自己完結できるから、成長が実感しやすいのかもしれないなあ。


今は無理でも、大抵のものは作れるようになる

さゆり:
試行錯誤が積み上がっている、という気持ちよさがあるのかもしれないね。

しょうこ:
そうそう。料理であれば「こういうものが食べたい」というのがまずある。それで、作ってみる。自分で食べてみてちょっとイメージと違ったら、「次はこうしたら美味しくなるかな」という工夫を考えて、また作ってみる。そうすると、「思ったのとは違ったけれど、こっちの方が好きかもしれないな」みたいなことが起きたりもする。

さゆり:
派手ではないけれど、確実に前進している感覚があるのかもね。

しょうこ:
うん。私にとって、そういう誠実なプロセスを踏むことはすごく大切。満たされている感覚があるし、なんというか、生きる自信につながっているという感覚がある。

さゆり:
その感覚は、しょうこちゃんが幼い頃から、暮らしの中にものづくりがある環境だったことと関係あるのかな。

しょうこ:
そうやろね。おばあちゃんが和裁の先生やったから、遊びに行くと生徒さんたちが着物を縫ってる、というのが日常やった。そのうち自分でも触らせてもらえるようなこともあって、小学校低学年の頃には、ちょっと服の裾がほつれたり、ボタンが取れたりした時なんかに裁縫箱を出してくるのは私、ということになっていた。食べるもんもそう。おやつを食べたくなったらケーキを焼いてみたり、豚まんが食べたくなったら皮から作ったり。それが自然だったんよね。

さゆり:
大学時代も、サークルで陶芸をやっていたもんね。

しょうこ:
そうね。小さい頃には草木染めの教室に通わせてもらっていたこともあるし、常に何かしらを作っていた感じはあるね。

さゆり:
自己表現のためではなくても、欲しいと思ったものは自分で作ってしまおう、という気持ちは、こういうところから来るのかもね。

しょうこ:
そう。何か売っているものや作品を見ても、とにかく作り方が気になる。どういう作り方をすればこの強度が出るんやろ、とか。この料理を家で再現するとしたら、どうやったらいいんやろ、とか。作品の意図というよりも、構造の方に興味がいってしまうんよ。

さゆり:
そういう時のしょうこちゃんの集中力は、ちょっとびっくりしてしまうくらいすごい。

しょうこ:
見たものは基本的に全部理解してみたい。(笑) 分解してみたり、古い文章を紐解いてみたり、他の分野の技術を学んでみたり。できることはなんでもやりたい。人間がやったことなんやから、たとえ今の自分にはできなくても、工夫や努力次第で作れるようになるんじゃないか、という感覚がどこかにあるのかもしれんなあ。おこがましいかもしれないけれど。

さゆり:
道具なんかもすごい研究してる。あと、フィニッシュへのこだわりもすごい。

しょうこ:
詰めが甘いものは、ちょっとしんどい。

さゆり:
絶対に妥協しないよね。「もうちょっと綺麗にできないか」とか、「もうちょっとシンプルに作れないか」とか。徹底的にこだわり続ける。私の目では違いがわからへん、というような時もあるけれど。(笑) 他の職人さんと会話している時なんかに横で聞いていると、「そういうことなのか」と初めて理解することも多くて、勉強になる。


燃えていると、「らしさ」は自然に滲み出る

しょうこ:
そうか。でもな、私もさゆりちゃんと活動を始める少し前までは、自分の活動について結構悩んでいたんよ。

さゆり:
そうなん? どんなふうに?

しょうこ:
ものづくりをするからには、自己表現をせなあかんのではないか、って。どこかで思い込んでいた気がする。

さゆり:
そうなんや。私からすると、しょうこちゃんが作るものは、しょうこちゃんらしさが溢れ出ていると思うけど。なんというか、生きている感じがする。

しょうこ:
さゆりちゃんはそう言ってくれるけど、自分では全然意識していないし、気づいてもいないんよ。言ってもらって初めて、「そうなんや」って。

さゆり:
技術的にはすごく高度で緻密なことをしているのに、ちょっとゆるい感じが必ず出るよね。それもすごく、しょうこちゃんらしい。

しょうこ:
全然狙っていないんやけどね。与えられたお題に対して一生懸命燃えていると、結果的に自分らしさが滲み出てきてしまう、という感じなのかな。グーっと頑張っていると、なぜかちょっとゆるい生き物っぽい感じになってしまう。

さゆり:
しょうこちゃんにしか出せない間、というか余白があるよね。言葉で言い表すことは難しいんやけど、見たら絶対にわかる、という。

しょうこ:
そういうことに気がついてきて、自己表現することを目的にしなくてもいいんだ、って思うようになってきた。

さゆり:
自然と出てくる、というのが面白いよね。私も趣味で始めたリトグラフ(平版画と言われる版画の技法。水と油が反発する性質を利用する)で作品を作る時に、偶発的に生まれる表現の豊かさを感じることがある。

しょうこ:
さゆりちゃんの創造性や想像力がどのように生まれてくるのか、ぜひ聞いてみたい。

さゆり:
しょうこちゃんのアプローチとは真逆な部分もあり、すごく近しいところもありそうに思った。次回にぜひ。

 



二人のおしゃべり、楽しんでいただけたでしょうか。こうして改めて話してみると、普段しょうこちゃんはそんなことを考えていたんだなあ、という気づきがたくさんありました。次回は、しょうこちゃんに聞き手になってもらって、私、さゆりの創作活動についてもお話できたらと思います。お楽しみに!